割烹の宿いま井


月岡温泉いま井で働くスタッフ四方山話
旬の味覚を愛し、思いやりを愛し、人生を振り返り、今と未来を語る。
「Iのある人生」
セカンドライフに堪能する、美味しい宿の心地よさひときわ。

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ほんのり色づき始めたモミジです。

9月から、仲居業務をしています。私はここの仲居さん一人一人の雰囲気がとても好きで、こんな雰囲気を出せることを尊敬しているのですが、その理由は何だろうということを考えました。

「自慢のおもてなしをどうぞ!!!」というような、おもてなしアピールが私は個人的にあまりピンと来ない方なのですが(はっきり言えばちょっと苦手)、それでも接客業というのはおもてなしというものが何なのかわかっていないといけないのだろうと思って、私の指導役をしてくれているMさんに日々疑問を投げかけています。

Mさんは、「特別なことは何もしない、普通のことをするだけ、見てるだけ、自分がされたら嫌だなということはしないし、言われたら嫌だなと思うことは言わない、一度言われたことは間違えないようにする」のだと言いました。そこには”私って親切でしょ、気が利くでしょ”というものはなく、何かをするときはさりげなく、そして何かをしないということの方に気持ちが多く入っているように感じました。

もちろん、彼女の言う「普通」のレベルが私の思う普通とはすっかり違うものなので、その普通はどうやって手に入れたのかをこれまた聞いてみたところ、「先輩から叱られたことと、失敗して覚えたこと」なのだそうです。彼女は言葉が少ないので、こんな風にまとめて書いていますが、これは私が勝手につなぎ合わせています。とても重要なことを、何となく話し、もしかしたら本人はとても重要なことを話したという気もないのかもしれません。昔はこれが当たり前だったということ(常識と言われるもの)が、どんどん変わっていき、戸惑っている様子が見られます。もちろん、時代は日々変わっていくので、変わらずにいることが正解ではないこともあると思います。それでも、こうして頑なに変わらないでそこにいるという存在も大切だなと思いました。癒しというものの正体はこれかもしれないとも思いました。

私は今までずっと、改善をする、効率化をする、新しく人の意見をどんどん取り入れて新しい仕組みを作っていくというようなことが仕事だと思っていたようなところがあり、一方、伝統的なものに対する憧れの気持ちはお稽古事などで処理してきました。今回の仕事は、古いやり方を守りながらも、新しくした方がいいことは何かを考えていく仕事なんだろうと思っています。考える秋(とは言わない?)に、あれこれ考えたことを書いてみました。